海外事務として始まった社会人生活
当初は海外事務として働き始めた私。
その実情は、3人いた役職付きのおじ様方の秘書業務がメインで、本社や支社への出張手配など、スケジュール管理が多かった。
本部長をはじめとするそのおじ様方から英文資料の翻訳を頼まれたり、たまには海外支社のデザイン部門との会議の準備をしたり、デザイン会議に出たり。
そんなことをしながら、変人デザイナーたちと面白おかしく働いていた(?)。
若く、だからこそ無知でおバカだったゆえ、そして社会もそれが当然だったのだが、
「一般事務は残業つけるな」
などということにも全く疑問を持たず、9時17時で勤怠をつけ、毎月きっちり同じ額を受け取っていた。
ただ、今考えても、当時の私が残業代を月給にプラスする必要性はなかったと思うww
ここで初めて出会った「派遣社員」という働き方
これは、これからの記事にもつながるお話ではありますが。
正社員の事務として私が1人でいた中で、何人かの派遣社員が入れ替わり立ち代わり来ていた。
ハタチそこそこの私から見て、大抵の人は無駄な残業もなく、派遣社員として求められた業務を普通にこなしていたイメージだった。
ところが一部、
「FAXが送れているか心配だったので~」
などと言い残し、残業時間をつけている派遣社員というものに出会ったのも、ここが初めてだった。
これは、このあと自分自身が派遣社員として働くことが多くなる私が直面し続ける、ダメ派遣社員のハシリだったのである。
私は変人デザイナーたちが大好きだった
話は戻って、変人揃いのデザイナー集団。
彼らと私は、めちゃめちゃ相性がよかった。
デザインセンター内の事務部門にいた私のグループは、そりゃもう何をどう頑張っても本社に返り咲くことがなさそうな(すんません)窓際系のおっさんしかいなかった。
唯一の若者もいたのだが、個性的なデザイン部門の中では、若者とは思えない「四角いおっさん」という風貌。
多分、一般的な会社では普通にいる人だったのかもしれない。
でも、初めての職場で普通のおじさんたちより、私はデザイナー変人の方にぐっと惹かれてしまった。
飲み会も大盛り上がりだった。
社員旅行ではなく、仲良しグループで旅行にも何度も行った。
デザイナーならではの交友関係や興味の範囲。劇団など、それまでの私が知らなかった世界にも触れた。
そして、その部署で唯一の女性社員だったことから参加させてもらった有意義な集いもあった。
CARMINEで経験させてもらったことは、それ以降の会社ではまったくない。
本当に感謝している会社だった。
だからこそ、この会社を「ひどい会社だった」の一言で片づけるつもりはない。
ただ――。
コンプライアンスというものが社会で大きく意識されるようになる、その過渡期。
大好きだったこの会社にも、今振り返れば「それはおかしいだろ」と思うことは、やっぱりあったわけなんです。
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